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かつては学校や身の回りで起こったことを書いておりました。
現在は私のスポーツジムログになっています。 レスミルズやラディカルフィットネス愛好家となりましたので、そういった内容中心でお送りします。 尚、ここに掲載されます小説は、原作者・出版社とは一切関係がありませんのでご理解の程をよろしくお願いします。 検索
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かつて晤郎さんがずーっと言っていました。
もし俺がいなくなって、違う人がこの番組をやる、あるいはその人のプログラムで番組を作るとする。 その時は俺の真似をしなくていい、自分のショーをやればいい。 現在、STVラジオのMUSIC☆Jが、お相手松崎真人さん体調不良により『炎のピンチヒッターシリーズ』(勝手に命名)が繰り広げられています。 松崎さんの場合は、選曲したものに御託(音楽的解説)を繰り広げて、次の曲につなげるという流れ。 それを3時間緩急をつけて放送しています。 代打陣ではたくさんの人が放送を行っていますが、決定的に違うところ。 良い、必要な、聞きたい御託を並べることができないのです。 これは仕方がない。 音楽に限らず芸術はモノの見方が人それぞれなので、解説で同じような言葉を並べることはできないでしょう。 だけどこれを聞きたくて待っている人が多いのも事実。 御託がないと魅力が減るのもまた事実。 だけど晤郎さんは冒頭のように言っていました。 だから、同じタイトルだけど違う人の作る番組を楽しむ、楽しみ方を見つける。 だって張本人がいないうちにお客様が減って番組がなくなるなんて、あってはならないでしょ。 待ち続けると共に、「鬼の居ぬ間の」MUSIC☆Jを楽しみます。
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by silent647
| 2024-03-18 00:55
| 趣味の話
米沢たち鑑識が現場検証を入念に行っている。
雪平は何時もの儀式の時間。 今回ばかりは、何もない。 まるで腑抜けになった自分の身体で、果たしてここから何ができるのか。 今夜の酒は涙酒か。 決して上手く飲めないし、旨く飲めない。 安藤が目の前に居たことに様々な感情を抱いたが、一番大きかったのは「安堵」だった。 私は殺していなかった。 安藤は生きている、そう思えた時間がほんの少しでも長いだけ幸せだったのかもしれない。 ぼーっと、そんなことを考えていた。 「あっ」 「どうしました?」 青島は雪平に振り返るように顔を向けた。 「安本さん」 杉下は安本さんの安否について、わかっていることを伝えた。 「恐らく今頃安本さんの潜伏先に戻ったでしょうねぇ。」 唯一、場所が分からないのが気掛かりである。 ただ安本が何か大きな力のもとで動いていることがわかった。 その大きな力に雪平の父が関与していたことも。 あれから何年経つだろう。 まだあの父に振り回されている。 でも正義の味方か悪のヒーローかが分からなかった。 何か、得体の知れないもの。 そういう印象だけ。 亀山の携帯が鳴った。 「電話、角田課長からです」 ヒマ課長からの電話を取った。 「過去の事件の資料を見返したんだけどね、矢印あったじゃない」 「あの、現場の矢印ですか」 「そう、三つあったの。それを改めて分析したんだけど、どうも靖国神社ってだけではおさまらなさそう何だよね」 矢印の向きを正確に調べれば靖国神社であるが、仮にそれが何か間違っていたら。 曰く、一つ一つ向きと情報を検証した結果、最初の矢印の向きが180度違った可能性があるとのことである。 「で、それをひっくり返すとさ」 杉下は答えを聞き大河内に連絡をした。 「管理官、後楽園ゆうえんちです」 干支一回り以上経って、ゆっくり再始動します。
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by silent647
| 2023-10-17 01:01
| 小説の話
父が最後に我が家を離れてもうすぐ1年です。
昨年の8月末に入院手術をするために家を出たのが最後、その次に我が家に戻ってきた際は亡骸となっていました。 もっと色々話がしたかった。 などと言っても後の祭りですが。 生前色んなことを聞いた中から、一つ。 父は高校を卒業してすぐに川崎で就職しました。 現在もある大きな会社で、薬品を扱う仕事をしていた、はず。 大企業の寮生活だったため、同年代の仲間と世間の渡り歩き方を勉強したようです。 その中で、「ツケ払いが効く飲食店」も教えてもらっていました。 寮が近かったおかげで、そこに住んでいた方は長年お世話になっていたお店。 今で言う街中華です。 「市番」と言う名前でした。 そのお店には10年近くお世話になり、仕事帰りに美味しいご飯にありつけたとのこと。 父が北海道に帰ってきてからも交流が続き、私が初めて東京に行った際は奥様と娘さんにお会いしました。 ただ、お店には行けずじまいでした。 それから10年程度でお店は閉店。 私の父が亡くなった直後にそのお店の親父さんも亡くなったと喪中はがきが届きました。 なんと言うタイミング、というか、どんだけ仲がいいのか。 多分今頃美味しいレバニラを食べているんじゃないかな。 父親は市番のレバニラが好物だったそうです。 ニラレバといえば怒られました(笑
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by silent647
| 2023-08-17 00:36
| 家庭の話
ミュージシャンを名乗るほど音楽活動はしていません。
それは私には少なくとも言えること。 ただの音楽好きで、下手の横好きに毛の生えた程度。 それでも歌わせてくれるところがあることに感謝。 おかげさまで「行ってみようかなぁ」という声も、ほんの少しいただきます。 良いのです、ご無理なさらず。 来られる時にお越しください。 他にもやりたいことがおありでしょうから、もちろん生活が第一ですので。 日付は跨ぎましたが、6/2は松崎真人さんのライブがcube gardenでありました。 生でこの方を見始めてから、何年だろう?? 6年ぐらい?? 合間STVラジオ「MUSIC☆J 」では放送があるたび毎日お世話になっています。 1985年のポプコンで「たわいないトワイライト」にて出場、世界歌謡祭にも出ている方。 紆余曲折を経て現在はSTVで選曲家として番組を持っていますが、ミュージシャンであることは10年以上前から知っていました。 最初にお姿を拝見したのは、日高晤郎ショーのスタッフになる頃かなった頃か。 廊下で観覧待ちをしている間「まつざきまこと!!まつざきまことです!!」とことあるごとに茅野マネージャーにアピールをしていたのが初めて。 その数年後、ひだまり公園という果実酒バーで東日本大震災復興支援ライブがあった際に出演されていたのも見ていました。 その時私の背格好を見て「あの、サンボマスターの方ですか??」とトークでいじってもらったことを思い出します。 コロナ禍前はフライアーパークでの一人編成でのライブを何度も拝見。 夏の終わりのフライアーパーク、年末恒例カジカ汁ライブ。 そして今回はバンド編成でのライブ。 初めてバンド編成でした。 生で音楽に触れるってやっぱり良いですよね。 バンド編成で観覧する初めての松崎さんのライブでした。 センチメンタルシティロマンスの瀬川信二さんプロデュースアルバム3部作が終わっての区切り。 このアルバムの音が良くて、今回はどんな感じになるんだろうと思ったところ、想像以上の良い音でした。 ライブ内容はネタバレ厳禁なのでもちろん書きません(笑 松崎さんと、フライアーパークでのライブの後にちょっとだけ話す機会をいただきます。 ある時「曲が作れるうちは作った方がいいよ」なんて言われてその気になっているわたくし。 でも、その言葉を聞いてから、とにかく自分の曲を作ろう、どんなものでもいいから作ろう、と思っています。 カタチにならなくてもとにかく。 歌う機会があるうちは、自分の曲を歌う機会があるうちは。 別にミュージシャンを気取るつもりはないけれど、 自分の曲は、これからも、細々と作っていくつもりです。
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by silent647
| 2023-06-03 00:24
| 音楽の話
昨年の秋、初冬と言いましょうか、
私の父親が亡くなりまして。 あ、ブログはお久しぶりとなりますね。 今年初でございます。 よく母親と話していますが、「なんかドア開けたらそっちに居そうだよね」なんて。 実際そう思いますよねぇ。 だって、入院して病院で亡くなって我が家に帰ってきて。 その時だって「呼んだら起きるんじゃないか」って思っていました。 でも待てど暮らせど起きてこない。 当たり前と言えば当たり前ですが。 でもね、やっぱり信じ難い。 ホント今でも入院中なんじゃないかと思いますよね。 言いたいことはたくさんあります。 今更になってしまいますが。 特に病院の対応は決して良くなかったと思います。 それこそ今でも何か言いたい。 けどね。 残された者として、父親が見られなかった次の時代を生きていく。 それができることなのかな、なんて。 ちょっと気障ったらしいことを思ってみたり。
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by silent647
| 2023-03-08 01:12
| 身の上話
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